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2021年9月6日

人類史的な「哲学」で個人の課題を俯瞰する。これがもう一つ書きたい妄想の観点だが、それは、今ではなく後にすることにして、今は科学の発展として心理学まで「真理追及」は進んできたのだということを明確にしたい。神ではなく脳の分析だ。脳のソフトウェアとしての心理だ。なぜどうやって脳は神を想像し創造したのか。それはどんなシステムなのかを明らかにする。これは学問的には社会学になるのだろう。

やっとヒトの・思想・文化・経済・闘争・戦争・文明といった社会構造の分野に入れそうだ。

ヒトとしての思考・哲学は、人類の生産力・経済の発展=社会の発展によってその思考・哲学の質・深み・広がりも発展する。科学の発展がそれを基盤として支える。経済が発展すると思考するだけのヒトを生かし生活させるゆとりが生まれる。

星を眺め、星座を創り、その動きで未来を占った。最初は農作物の出来不出来(豊作か否か)だったかもしれない。いつ種を植えると植物は上手く育つかを太陽や星の位置を見て種を蒔く時を決めた。それは星の観察と植物の育成の関連性をデータにし、それを基に「科学的」に見つけた。太陽が昇る位置が重要なのだ。太陽には植物を育てる力がある。  

太陽にそんな力を持っているのは、太陽が「神」だからだ。これも「科学的」に関連付けされて、データを基に「証明」された。・・・確かに現在でも地球で生命が生きながらえているのも、ほとんど全て太陽光によるエネルギーが地球に降り注いでいるからだ。命のすべては太陽の力なのだ。本当にある意味太陽は「神」なのだといえる。科学が発達した現在社会でもなお。・・・ただ現代では太陽神は、人格を持っていない。核融合によってエネルギーを放出している、銀河系・宇宙において、ごくありふれた恒星であるという位置づけである。

ここで言いたいことは、その時代その時代、人間は一生懸命に論理的に考えて、世界観を創ってそれに従って物事を判断してきた、ということ。その大半は今から考えると間違いであったが、半分くらいはそれなりに正しかった。重要なのは、時間はかかっているが少しずつ間違いを証明し、正しい論理を打ち立てて来ているということ。それが科学的という論理構成の仕方。科学は、その論理を疑い反論ができることが前提と言われている。つまり、「神」のように疑ってはならないものを前提に論理を構築してはならないという考え方、全ての理論は仮説である。という考え方だ。仮説だから証明しなければならない。実験を行い理論が予想した通りの結果が出たかどうか観察し、しかもそれを複数の人間が同じ実験を行い同じ結果を確認しなければ証明されない。それが最近流行りの「エビデンス」だ。相対性理論も発表後数年後に、宇宙の観察を行い空間の歪みを確認して証明された。ブラックホールもそうだし、重力波の観察もそうだ。

こうした科学の理論が人間社会にどんな影響を与えて、人間社会が発展してきたかを考えるのも面白い。

以上

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