この文章は、2021年度AsTobe文集より一部を抜粋したものです。
「文集って何?」という人はこちらへ!
今回はわなしの文集から一部を抜粋してお送りします!
少し長いので前編と後編に分けてご紹介いたします。
自己分析について
中身に入る前に自分がずっと行ってきた自己分析の内容について書かせてください。
自分が行ってきた自己分析は書籍「メモの魔力」の付録「自己分析1000問」を利用したものです。1つの質問に対してノート見開き1ページを使い、自分が考えた答えについて深掘りをしていくものです。
1問で大体15〜30分くらいかかります。毎日3問くらいやれば理論的には1年で終わるのですが、途中でサボることもあり、1000問すべてを終えるまで1年半近くも経ってしまいました。
認めたくない自分 〜問1から問500まで〜
22卒として始めた就活を機に2020年の7月、自己分析を始めました。
自己分析で分かったことは、今まで自分は「人から愛されたい」という軸で人生を過ごしてきたということです。
当初、この自己分析は今までの自分の一番奥底にある人生軸を知ることが出来れば、その人生軸を無意識ではなく意識的に思考軸にすることで、自信を持って迷わずに生きることができる!という理論に感銘を受けて始めたものです。
自己分析を始めた頃はきっと素晴らしい人生軸が自分の中にあるはずだと信じてやみませんでした。例えば、「人に優しくしたい」という人生軸が見つかった場合はそれに沿って迷わず生きていけば良いのです。
しかし、自己分析を進めて明らかになった人生軸は「人から愛されたい。」というものでした。最悪です。こんな人生軸では今後、自分に自信を持って生きていくことはできません。
なぜなら周りの目を気にして自分の意思を貫き通せず、一貫性の無い人生になってしまうからです。これでは周りに流される人です。自分が理想とする生き方とはかけ離れていました。
自己分析を始めてすぐ、承認欲求が高いことや人に流されて生きてきたことから自分の人生軸が理想のものとは違うことは最初の問100くらいまでで薄々感じていましたが、認めたくない自分を認められず、嫌いな自分を認めるまでに問500までの時間を要しました。
理想とはかけ離れた「人から愛されたい。」という人生軸。このことを去年の今頃は親の育て方のせいだと責任転嫁していました。もっと両親が自分に愛情を注いでくれてさえいれば自分はこんなにも人からの愛に飢えることは無かったのだと。
自己責任 〜問500から問700まで〜
自分がこうなってしまったのは親の育て方に問題があったからだと責任を押し付けていた去年。しかし、更に自己分析を進め、両親と話している間にあることに気がつきました。
それは両親ができる限りの範囲内で最大限に自分を愛してくれたということです。
両親は自分を若くして生みました。二人とも20代だったので、今の自分とほとんど変わらない年齢です。
もし、自分が今から子育てをするとなったらどうなるでしょうか。きっとストレスが溜まって子どもをそのストレスの吐け口にしてしまうでしょう。子どものためを思って叱るのではなく、感情のままに子どもを怒ってしまうでしょう。もしかすると育児を諦めてしまうかもしれません。
しかし、それでも両親は自分をここまで育ててくれました。精神的にも金銭的にも余裕が無い中で必死に自分を育ててくれました。
思い返せば、怒られることもあった反面、両親に優しくしてもらった記憶もあります。両親は精神的にも金銭的にも余裕が無い中で精一杯、できる限りの愛を注いでくれたのです。
それは自分にとって不十分な愛かもしれませんが、それでも両親はできる最大限をもってして自分に愛を注いでくれました。
だから、もう今の自分を、自分の人生を、両親のせいにするのはやめようと心の底から思うことができました。
去年の文集でも同じようなことを書いているのですが、今年は本当に100%心の底から自分の今を両親のせいにするのは責任転嫁であると思えます。
1回目はここまでです。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
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