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2021年11月07日

話をもう少しもどそう。人は変わることができることは何となく分かって来た。次は時代を変えるということを考えてみたい。もともとはそれを考えたかったのだ。

大人が変わって時代を変えるのは大変だ。子供が変わることで時代は変わる。どう変えるのではなく、彼らが一人の独立した人間としてどう変わってもらうかだ。もちろん教育だ。人間は教育を通して人間になる。子供たちを未来の人間として教育することがポイントになる。どういう教育をすることで未来を作るかが次の問いとなる。

これは、これから結婚し子供を産み育てる現在の青年たちの課題となる。自分の遺伝子を半分持つ自分の子供をどう育てるか、大きな課題だ。遺伝子は利己的な存在だとドーキンスは言った。自分のコピーをどう沢山、上手く未来につないでいくかが遺伝子の戦略だと言った。だから自分の子供のために自らの命も捧げる。それは、物質的に見ればオキシトシンというホルモンの働きなのだろう。そのオキシトシンが自らのコピーを生産するために働いているのだと言えるのかもしれない。

だが、今日読んだ本「希望の歴史」には、そうではなく人類のDNAに他者を思いやり助け救うという行動を行う精神性・心理・人格が組み込まれていると書いてあった。それは1歳の赤ん坊の行動からも見られる。確かに赤ん坊も自分がもらったお菓子を他者にプレゼントする。それはひょっとすると親が自分にプレゼントしてくれることをコピーニューロンの作用で行っているのかもしれないが、そういった脳内のネットワークがあり、行動を起こすことを良しとする脳内ホルモンの分泌が出るというDNAがあるということなのだ。

人間は他者を大切な存在として認識し手をつなぎ共同して生きて行くという生存戦略を選択し、DNAに刻み込んでいるのだ。決して、力こそすべてで、強いものが頂点に立ち勝ち残り、敗者は勝者に従う、勝者を否定するのなら勝ち取れ(これってまるで維新の橋本氏が言っていることと一緒だ!「選挙で選ばれた勝者は、勝者として自由に政治ができる。それが嫌なら落選させたら良い。それが民主主義だ!」という叫びと。)という生物ではないのだ。人に親切にする人を偽善者だ、弱い者を助けるのは自分が強いものだという優越感を表現しただけだ、というようなこうしたシニシズム(皮肉主義・冷笑主義)は、教育による歪みなのだ。権力者が創りだし、大衆分化を使っての宣伝による「学び」得たものなのだ。心理学も社会学も政治学もそれを研究した個々人の成功への歪みがつくりだした「真実」なのだ。(こうしたことが「希望の歴史」に書いてある。2000年に書かれた本だ。これから世界に「希望」が広がっていく。)

子供たちに何をどう教えるか。笑顔で温かく、あなたは大切な存在だということを教え続けることだ。否定せず、受容し尊重し、気持ちや思いに共感し理解し、頑張っていること楽しんでいることを承認し、自由な人間らしい人間になると信じること。生まれて来た意味と生きることの素晴らしさを、同じ目線で語り合うこと。必要な知識は、遊び楽しみ熱中する中で習得する。知識や情報の探し方を教えることが唯一必要なことだ。

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