2021年11月10日
話がすぐに脱線する、本当に年を取ったと思ってしまう。
次世代の子供たちを教育するために今の青年、大人たちはどう変わって行ったらいいのかという問いだった。
どうしたら良いのだろうか? 何かポイントみたいなことがあるのだろうか?今まで考えて来て、ちょっと整理してみた。
〇ひとつ目は変わる必要があるという認識を持つこと。
変わろうと思うことだけでも良いのだけど、できるなら変われるのなら変わってみたいというような弱い思いではなく、このままではいけない、変わらなければならない、という強さまで思うことがポイント。変わる意思・意志みたいなものと言って良い。
変わりたいと強く思うこと、思い続けること。
〇ふたつ目は、変わろうと思えば人はいつでも変われると思うこと。
確かに変わるには若ければ若いほど早く確実性は高いが、年をとっても可能だと脳科学は証明しつつある。
〇みっつ目は、歴史観を持つ。
変化があることで歴史は作られる。変化が無ければ歴史は作られない。
歴史、それも国家の歴史というものではなく、哲学や科学といった概念をベースにした人間の思考の歴史、さらには生物学としての人間の歴史、もっと言えば130億年の宇宙の歴史という、物質の運動の時間軸で考えること。
〇よっつ目が以上のような大きな視点で自分の成長の歴史を見つめること。
自分はどんな肉体と両親と家族と地域社会と現在という時代で生まれ育てられ、育って来たのかという個人史を振り返る。その時に自分の良さや変えたいところが見えてきたら最高。誰か自分の信頼できる人に話してみて、自分の良い点、強みが何かを指摘してもらったら良い。ひょっとすると自分が弱点だと思って変えたいと思っている所が、他者から見ると強みであったり良い点であったりすることがある。
〇最後は柔軟性。
柔らかな頭、他者を認める優しさ、できないことを認める許すこと。決めつけず、決めたことにこだわらないこと。これしかないと考えてしまうと息詰まるし行き詰る。まるで今までのことをひっくり返すようなことを言っているみたいだけど、確かにそうなのだと思う。ポジティブな意味でのいい加減さ。ひょっとするとこのいい加減さを実践することが子供に対しての一番いい教育なのかもしれない。(笑)
こんな風に色んなことを書き連ねてみた。読み直してみるとかなりいい加減だ。最後に書いたようにやはりいい加減さが最も重要に思えて来た。この文を読んでいろいろ考えてみることが大切なこと、変わる第一歩なのだと思う。正解は自分の中にしかない。